私は建物の完成が間近になって、時々「あれっ」と思うことがあります。それは施工主が実際に建物を見て「私の想像していた空間とかなり違いますね」「私の考えていた使用勝手と違います」などと言われることです。

施工前に図面をかなり丁寧に説明したつもりでも、一般の人々は、設計図が特殊な専門的な記号で描かれていて、素人が見ても理解できないものと思い込まれているようで、私の言葉の説明だけで納得し、中途半端な図面の見方をしているように思います。

確かに設計図には、専門的な表現が多くあります。しかし、あくまでも設計図は建物を誤りなく仕上げるための道具のひとつです。図面のルールを理解すれば、誰でも図面と会話することが出来ます。

図面と会話できるようになれば、より一層設計士とのコミュニケーションも密になり、自分の考えを正確に設計士に伝えられますし、また設計士の意図もよく理解出来るようになります。

『台所で食事の支度をしながら洗濯をする。インターフォンが鳴り応答する。玄関へ行き、扉を押し開いて客を迎える。』きわめて日常的によくある光景です。

この一連の動きの中で、人は意識的にインターフォンの位置を確認したり、玄関の方向を思い浮かべ、これが玄関扉、これが取っ手などと確かめて行動していません。見てはいても、意識してはいません。条件反射的にこれらの動作を行っています。

基本的に家は、壁が囲むスペース、つまり室と、開口部、つまり出入り口とから出来ています。工事現場で扉も窓もまだ取り付けてなく、仕上げされていない壁だけが出来上がっている状態を思い浮かべて下さい。この程度の仕上がり具合の現場でも、台所となる位置に立って、先ほどの動作を思い浮かべれば、その動きの流れ、つまり「動線」は理解できます。

まず壁で囲まれた室、その出入り口、そして各室を結ぶ通路から、各室の位置関係を図面から読み取って下さい。そうすれば家の「住む」機能の基本である人の動き、動線がおおよそ見当つきます。

設計士も、まずこのようなラフスケッチから家の設計にとりかかります。

先ほど出入り口といいましたが、そこは扉であったり、また和室ならフスマ、障子であったり、外部に面していれば窓となります。その室ごとに開口部の性格も変わってきます。

動線に加えて、もう少し日常の動作をよく考えてみると、出入りが頻繁な所は引き戸が便利でしょうし、少しプライバシーが欲しい室は扉のほうが合っています。

また、台所を考えてみると、右利きの人と左利きの人とではその道具類などの配置も変わってきます。冷蔵庫の位置も大切です。

壁と開口部だけで表されたラフスケッチに、その室ごとの備品が表示され、扉や引き戸が付け加えられ、室の大きさを示す寸法も書き加えられていきます。

動線だけのラフスケッチに引き戸、扉、窓などがより細かく表されると、動線に加えて日常の生活行動が読み取れる平面図が出来上がります。

『台所で食事の支度をする。冷蔵庫から野菜を取り出し、洗って切り、鍋に入れて火にかける。ユーティリティの引き戸を開けたままにして、時々洗濯の様子をみる。台所のインターフォンが鳴る。応答して玄関へ向かう。裏庭の紅葉し始めた欅に目をやりながら玄関へ…。玄関扉の脇のガラス窓から、秋の日ざしを受けた客のKさんの顔が見える。錠をはずし、扉を押し開いて向かえ入れる。』

これらの動作を略図で示しました。この略図から、今書いたような生活の一部が読み取れるはずです。

このようにして、住宅の基本の「住む」という機能が、平面図に記号として表されていきます。日常的な「住む」ための動作を、まず平面図から読み取りましょう。そして自分の生活に照らし合わせてより便利性の高い住宅の平面図となるように、設計士とコミュニケーションを深めて下さい。